2025年4月、厚生労働省は「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関する中間とりまとめ」を公表しました。この中間まとめは、85歳以上の高齢者人口がピークを迎える2040年に向け、全国的に高齢化が進展し、介護・医療ニーズが爆発的に高まる中で、持続可能な介護サービス提供体制をどう確保していくかを示す、重要な指針です。
🧭 現在の主な課題
2040年に向けた介護提供体制の再設計にあたって、厚生労働省が挙げている主要な課題は以下の5点です。
1. 人口動態の変化と地域差への対応
2040年には65歳以上の高齢者人口がピークを迎えると予想されていますが、地域によって高齢化の進行度合いが異なります。特に中山間地域や人口減少地域では、既に介護サービス需要が減少しており、サービス提供体制の維持が課題となっています。
2. 介護人材の確保と定着
2040年には介護職員が約57万人不足すると推計されており、特に地方部での人材確保が深刻な課題です。処遇改善や職場環境の整備、多様な人材の活用(外国人材や潜在的有資格者の復職支援など)が求められています。
3. 生産性の向上とテクノロジーの活用
介護現場の業務効率化を図るため、ICTやAI、介護ロボットなどの導入が進められています。特に小規模事業所への導入支援や、生成AIを活用した文書作成支援などが検討されています。
4. 地域包括ケアシステムの深化と医療・介護連携の強化
高齢者の医療・介護ニーズの複雑化に対応するため、地域包括ケアシステムの深化が求められています。医療機関と介護事業所の連携強化や、在宅医療の充実、地域医療構想との連携が課題とされています。
5. 認知症施策の推進と介護予防の強化
認知症高齢者の増加に対応するため、認知症基本法に基づいた支援体制の構築が進められています。また、介護予防や健康づくりの推進、「通いの場」の充実などが重要な課題とされています。
これらの課題に対応するため、厚生労働省は地域ごとの特性に応じた施策の検討を進めており、2025年夏頃には最終とりまとめが予定されています。今後の動向に注目が集まっています。
▶️ 参考資料:厚生労働省「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関する中間とりまとめ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_56897.html
地域別に異なる課題と対応策
厚労省は、地域を「中山間・人口減少地域」「大都市部」「一般市等」の三類型に分類し、それぞれに応じた課題と対応策を提示しました。
中山間地域では、すでに介護ニーズが減少に転じている一方、サービスの維持が困難になっていることを踏まえ、多機能型サービスや配置基準の弾力化など柔軟な対応が検討されています。
一方、大都市部では2040年以降も需要の増加が続くと見込まれ、ICTやAIを活用した効率的なサービス提供モデルの検討が求められています。
一般市では、今後サービス需要が増加しつつも、2040年以降には減少に転じる地域も多く、既存資源を有効活用しながら柔軟に対応する方針です。
配置基準の緩和とその光と影
今回の中間まとめでは、職員配置基準の緩和に関する提案が盛り込まれました。例えば、認知症対応型共同生活介護の夜勤体制が「3ユニットに対し2名以上」となる緩和措置や、訪問・通所などの在宅系サービスにおける人員配置の弾力化が示されています。
これは、慢性的な人材不足に悩む介護現場にとって、非常にありがたい提案であり、夜勤シフトに連日従事している職員の身体的・精神的負担を軽減する一助となる可能性があります。
しかし一方で、配置人数の緩和が介護サービスの質の低下を招く懸念も否めません。現場の安心・安全の担保には、ICTやセンサー技術などの導入による補完が必須といえるでしょう。
なぜ介護事業者が増えないのか
近年、訪問介護や中小規模の通所施設の新規参入が減少傾向にあります。中間まとめの中でも、事業者数の減少が懸念されていますが、その背景には報酬水準の低さや、基準を満たすためのハードルの高さがあります。
私自身も、介護事業への新規参入を検討する立場として、既存事業とのシナジーが見込める場合を除き、積極的な拡大には二の足を踏んでしまう現実があります。人材確保が困難であるうえに、開設後の経営維持も厳しく、持続可能性が担保できないためです。
ICT活用は希望か、それとも高い壁か
介護現場におけるICT導入は、国の政策としても強く推進されています。介護記録ソフトの導入、見守りセンサー、インカム、さらには生成AIによる書類作成支援などが挙げられています。
しかし、生産年齢人口の減少や介護人材の高齢化により、ICTを導入・運用する人材自体の確保が大きな壁となっています。”良いデバイス”が現れることへの期待はあるものの、それを活かせる”人材”の育成こそが最も急がれる課題でしょう。
この点で、就職氷河期世代や非正規雇用層など、潜在的な人材層を介護ICTの担い手として育成できないか、検討の余地があると感じます。
介護人材確保の新たな視点
2040年に向けて、あと約15年。中間まとめでは、あと約57万人の新たな介護職員が必要とされています。そのためには、既存の人材育成だけでなく、多様な層へのアプローチが不可欠です。
たとえば、非正規職員へのキャリアアップ支援や、子育てや介護と両立しやすい勤務形態の整備、氷河期世代の再教育など、政策的なアプローチが求められます。特に、ICT活用のような新領域への適応には、若手・中堅層の巻き込みが重要です。
おわりに
「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関する中間とりまとめ」は、厳しい現実を直視しながらも、希望の兆しも提示する重要な文書です。介護を必要とする人だけでなく、介護を担う側の持続可能性にも焦点が当たっている点が、非常に意義深いと感じます。
配置基準の見直し、ICTの導入、人材育成。これらをどう組み合わせ、どう実装するか――それはまさに、地域と事業者の「創意と実行力」にかかっています。
2040年、今の若い世代が親の介護に直面する時代。その時に「あのとき準備しておいて良かった」と言える未来を創るために、今、私たち一人ひとりが何を考え、何を選択するかが問われています。