執筆・内容確認:トントン(医療系国家資格保有者・病院事務長)
※本記事は、病院経営や診療報酬の仕組みについて一般的に解説するものです。個別の医療機関の経営状況、診断、治療方針、入院継続の可否を判断するものではありません。
病院に行くと、検査、薬、点滴、入院費など、さまざまな費用がかかります。
入院したことがある方や、ご家族の入院費を見たことがある方の中には、
「病院って、やっぱり儲かるんだろうな」
「検査や点滴をたくさんすれば、その分だけ病院の利益になるんじゃないの?」
「入院費がこんなに高いなら、病院経営は安定しているはず」
と思ったことがあるかもしれません。
たしかに、医療費の請求額だけを見ると、病院には大きなお金が入っているように見えます。
しかし、ここで知っておきたいのは、医療費の金額が大きいことと、病院が大きな利益を出していることは同じではないということです。
病院経営は、外から見えるほど単純ではありません。
この記事では、「病院って儲かるの?」という疑問に対して、病院事務長の現場目線で、診療報酬の仕組み、病院にかかるコスト、そして医療療養病棟を一例にした“利益の見え方”について解説します。
病院は自由に値段を決められない
まず大前提として、保険診療を行う病院は、一般的なお店のように自由に値段を決めることができません。
飲食店や美容室であれば、材料費や人件費が上がったときに、ある程度は価格へ反映できます。
「仕入れ価格が上がったので値上げします」
「人件費が上がったので料金を改定します」
「質の高いサービスを提供するために価格を見直します」
ということができます。
しかし、保険診療の医療費は、病院が自由に決めているわけではありません。
診察、検査、処置、投薬、入院などの医療行為には、国が定める「診療報酬」という点数があります。日本医師会の「なるほど診療報酬!」でも説明されているように、診療報酬は診療行為ごとに点数が決められ、1点10円として計算されます。
つまり、病院が勝手に、
「この検査は高くしよう」
「この点滴は利益を乗せて請求しよう」
「今月は経営が苦しいから入院費を上げよう」
と決めることはできません。
ここが、一般的なビジネスと病院経営の大きな違いです。
「売上が大きい」ことと「利益が出ている」ことは違う
病院には、たしかに大きなお金が動きます。
外来患者さんが来れば診察料や検査料が発生します。
入院患者さんがいれば入院料が発生します。
手術、処置、薬、リハビリなどにも、それぞれ診療報酬上の評価があります。
しかし、病院に入ってくるお金は、そのまま利益になるわけではありません。
病院を運営するには、多くの費用がかかります。
医師、看護師、薬剤師、リハビリ職、検査技師、放射線技師、管理栄養士、社会福祉士、看護補助者、医療事務、清掃、給食、設備管理など、病院はたくさんの職種によって支えられています。
入院病棟であれば、24時間365日、誰かが患者さんを見守る必要があります。夜中でも、休日でも、年末年始でも、病院は完全には止まりません。
さらに、医療機器、薬剤、医療材料、感染対策、電気代、水道代、給食、リネン、清掃、建物の修繕、電子カルテ、医療安全管理など、目に見えにくいコストも非常に大きいです。
患者さんやご家族から見えるのは、請求書の金額かもしれません。
しかし、その裏側では、膨大な人件費、材料費、設備費、維持費がかかっています。
そのため、請求額だけを見て「病院は儲かっている」と判断するのは、少し早いのです。
実際、2025年度病院経営定期調査 結果報告では、2024年度の医業利益が赤字だった病院の割合は74.6%、経常利益が赤字だった病院の割合は65.0%と報告されています。
もちろん、この数字だけで全国すべての病院を一括りにはできません。病院の規模、病床の種類、地域、患者さんの状態、加算、人員配置、稼働率によって経営状況は大きく変わります。
ただ少なくとも、「病院なら簡単に儲かる」とは言いにくい状況です。
病院が利益を出すこと自体は悪いことではない
ここで誤解してほしくないのは、病院が利益を出すこと自体が悪いわけではない、ということです。
病院も組織です。
職員の給与を払う必要があります。
医療機器を更新する必要があります。
建物を修繕する必要があります。
感染症や災害にも備える必要があります。
地域に必要な医療を続けるための余力も必要です。
利益がまったくなければ、医療を続けることができません。
ただし、医療法人は一般企業とは性質が違います。厚生労働省の資料でも、医療法人については医療法第54条により剰余金の配当が禁止されていると整理されています。利益が出たからといって、株式会社のように株主へ配当する仕組みではありません。
病院にとっての利益は、単なる「儲け」というより、医療を続けるための体力に近いものです。
ここを理解しておくと、病院経営の見え方が少し変わります。
検査や点滴をすればするほど儲かる、とは限らない
「検査や点滴をたくさんすれば、その分だけ病院が儲かる」
こう考えている方は少なくありません。
しかし、これも必ずしも正しくありません。
外来や急性期医療など、診療内容によっては、行った医療行為ごとに診療報酬を算定する仕組みがあります。一方で、入院医療の中には、一定の範囲の医療行為が入院料に含まれる、いわゆる包括的な評価になっているものもあります。
その分かりやすい例のひとつが、医療療養病棟です。
医療療養病棟は、急性期の治療を終えたあとも、長期的に医療管理が必要な患者さんが入院する病棟です。慢性的な病気と付き合いながら、医療処置、服薬管理、栄養管理、清潔ケア、褥瘡予防、離床、リハビリ、入浴介助などを受ける方もいます。
このような病棟では、検査、投薬、注射などの多くが入院基本料に含まれる仕組みがあります。厚生労働省の資料「入院(その4)」でも、療養病棟入院基本料に費用が含まれる範囲について整理されています。
もちろん、すべてが一律に含まれるわけではありません。手術や麻酔のように出来高で算定できるものもありますし、除外される薬剤や注射薬などもあります。
ただ、制度の構造としては、医療療養病棟のような包括的な入院料では、必要な検査、薬、注射、ケアを丁寧に行うほど、病院側のコストが増えやすい場面があるのです。
つまり、少なくとも医療療養病棟のようなケースでは、
「点滴をしたから、その分まるごと利益になる」
「検査をしたから、病院が得をする」
「薬を出せば出すほど儲かる」
という単純な話ではありません。
むしろ、必要な医療をきちんと行うほど、薬剤費、材料費、人件費、手間が増えることがあります。
“何もしない方が利益が残る”ように見える場面もある
ここは少し言いにくい話ですが、病院経営を考えるうえでは大切なポイントです。
包括的な入院料の仕組みでは、極端にいえば、手間や材料費を抑えた方が、病院側の支出は少なくなります。
たとえば、患者さんをベッドから車椅子へ移すだけでも人手が必要です。
入浴介助にも時間と職員の配置が必要です。
点滴をするには、薬剤費だけでなく、準備、確認、実施、観察の手間が必要です。
検査をするには、検査費用だけでなく、検体の採取、搬送、結果確認、医師の判断が必要です。
患者さんやご家族から見ると、「当たり前にしてほしいこと」かもしれません。
しかし、現場ではその“当たり前”に、かなりの人手とコストがかかっています。
だからこそ、病院経営は難しいのです。
もちろん、必要な医療やケアをしないことは許されません。患者さんの状態に応じて、必要な医療、看護、介護、リハビリを行うことが大前提です。
ただ、制度上は「手をかけた分だけ、必ず収入が増える」とは限らない場面があります。
ここを知らないまま病院を見ると、
「何でこんなに入院費が高いのに、すぐ対応してくれないの?」
「お金を払っているのに、もっと手厚くできないの?」
「検査や点滴をしているなら、病院は儲かっているはず」
という誤解につながりやすくなります。
入院中の対応が遅く感じる理由については、関連記事のナースコールを押しても看護師がすぐ来ない理由|52床病棟の1日の流れでわかる病院の人員配置でも詳しく解説しています。
病院にはそれぞれ役割がある
病院経営を考えるときには、「病院」とひとまとめにしないことも大切です。
救急車を受け入れる病院。
手術や集中治療を行う病院。
リハビリを集中的に行う病院。
長期療養を支える病院。
在宅復帰を支援する病院。
精神科医療を担う病院。
病院には、それぞれ役割があります。
急性期病院は、命に関わる状態を安定させること、手術や集中的な治療を行うことが中心です。一方で、病状が落ち着いたあとは、回復期リハビリテーション病棟や療養病棟など、次の役割を持つ病院へつなぐことがあります。
入院してすぐに転院の話が出ると、「追い出されるのでは」と不安になる方もいます。ですが、多くの場合、転院は見放すためではなく、患者さんの状態に合わせて次に必要な医療へつなぐためのものです。詳しくは、関連記事の入院したばかりなのに転院と言われたら?理由と家族が確認すべきことも参考にしてください。
リハビリを目的とした転院では、病院選びも重要になります。リハビリ病院を選ぶときの見方は、リハビリ病院の選び方|実績指数・施設基準・医師体制を家族向けに解説で整理しています。
では、家族は何を見ればいいのか
ここまで読むと、
「病院経営が大変なら、多少対応が悪くても仕方ないの?」
と思う方もいるかもしれません。
もちろん、そういう話ではありません。
病院経営にコストがかかることと、患者さんに必要な医療やケアを行うことは、別の話です。
大切なのは、病院を一方的に責めることでも、何でも我慢することでもありません。
患者さんに必要な医療やケアが、必要な理由に基づいて行われているか
その説明が、患者さんや家族に伝わる形で行われているか
を見ることです。
たとえば、入院中のご家族について不安がある場合は、次のように確認してみるとよいです。
「最近、検査が少ないのは、状態が安定しているからですか?」
「薬の内容は、今の状態に合っていますか?」
「点滴が必要な状態かどうか、どのように判断されていますか?」
「日中、ベッドから起きる時間はありますか?」
「入浴や清拭は、どのくらいの頻度で行われていますか?」
「体調が変わったときは、どのように医師へ報告されていますか?」
「家族として、誰に相談すればよいですか?」
こうした質問は、病院を責めるためのものではありません。
患者さんの状態を理解し、安心して療養を任せるための確認です。
入院中に誰へ相談すればいいか迷う場合は、入院中に困ったときの相談先|看護師長・医療相談室・患者相談窓口の違いを病院事務長目線で解説も参考にしてください。
医療費が高いと感じたときに考えたいこと
入院費の請求書を見ると、金額の大きさに驚くことがあります。
ただ、その金額には、診察、看護、薬、検査、処置、食事、病室管理、感染対策、人員配置など、さまざまな要素が含まれています。
また、患者さんが窓口で支払う金額と、医療機関に入る診療報酬の総額も異なります。日本の公的医療保険では、患者さんの自己負担分と、保険者から支払われる分を合わせて医療費が成り立っています。
それでも、患者さんやご家族にとって、入院費の負担が大きいことは事実です。
特に、個室代や差額ベッド代が関わると、さらに不安が大きくなります。差額ベッド代については、個室に入ったから必ず発生するわけではなく、説明や同意、入室の経緯が大切です。詳しくは差額ベッド代は払わなくていい?同意書・個室代・大部屋満室の確認ポイントで解説しています。
「病院にお金を払っているのだから、もっと手厚くしてほしい」
そう感じるのは自然です。
ただ、病院側から見ると、そのお金の多くは、人件費、薬剤費、材料費、設備費、委託費、光熱費、建物維持などに使われています。
医療費が高く見えることと、病院が自由に利益を出せることは、同じではありません。
医療従事者の給料も、簡単には上げられない
病院経営が難しいという話をすると、もうひとつ見落とされがちな点があります。
それは、医療従事者の給料です。
医師、看護師、薬剤師、リハビリ職、医療事務、看護補助者など、医療現場で働く人たちの負担は大きくなっています。夜勤、感染対策、患者対応、家族対応、書類業務、医療安全、退院調整など、現場の仕事は年々複雑になっています。
本来であれば、医療従事者の処遇改善はとても重要です。
しかし、病院の収入は診療報酬に大きく左右されます。一般企業のように、売上を自由に伸ばして、その分を給与へ反映するということが簡単ではありません。
診療報酬改定では、医療従事者の賃上げを目的とした評価も行われていますが、現場の手取りがどれくらい増えるかは、職場の配分方針や雇用形態、基本給、手当、税金、社会保険料などによって変わります。このあたりは、令和8年度診療報酬改定で給料はいくら上がる?ベースアップ評価料と医療従事者の手取りを病院事務長目線で解説でも詳しく整理しています。
患者さんや家族から見ると、「病院にお金を払っている」と感じます。
一方で、現場の医療従事者から見ると、「忙しいのに給料がなかなか上がらない」と感じることがあります。
そして病院側から見ると、「人件費を上げたいが、原資が厳しい」と悩むことがあります。
この三者の見え方がずれてしまうところに、医療の難しさがあります。
病院経営を知ると、医療の見え方が変わる
病院は、命や健康を支える場所です。
その一方で、病院も人と設備によって成り立つ組織です。
人件費が上がれば経営に影響します。
薬剤費や材料費が上がれば負担が増えます。
光熱費が上がれば病棟運営にも響きます。
建物が古くなれば修繕が必要です。
医療機器も定期的に更新しなければなりません。
それでも、保険診療の価格は病院が自由に決められるわけではありません。
この構造を知ると、
「病院は儲かっているはず」
「点滴や検査をすればするほど利益になるはず」
「入院費が高いのだから、もっと余裕があるはず」
という見方は、少し変わるのではないでしょうか。
もちろん、すべての病院が同じではありません。
丁寧に説明してくれる病院もあれば、説明が足りない病院もあります。
患者さんの生活までしっかり見てくれる病院もあれば、家族から見て不安を感じる対応の病院もあります。
経営努力をしている病院もあれば、改善すべき点が多い病院もあります。
だからこそ、病院を選ぶとき、入院中に不安を感じたときは、表面的な請求額だけで判断するのではなく、患者さんに必要な医療やケアが行われているか、その理由を説明してくれるかを見ることが大切です。
まとめ|病院は「儲かる・儲からない」だけでは語れない
病院には大きなお金が動きます。
しかし、それはそのまま大きな利益を意味するわけではありません。
保険診療の価格は診療報酬という公定価格で決まっており、病院が自由に値段を決めることはできません。人件費、薬剤費、材料費、設備費、光熱費、委託費などの負担も大きく、病院経営は外から見るより複雑です。
医療療養病棟のように、検査や投薬、注射などの多くが入院料に含まれる仕組みでは、必要な医療やケアを丁寧に行うほど、病院側のコストが増えやすい場面もあります。
だからこそ、
「病院は儲かっているはず」
「検査や点滴をすればするほど利益になるはず」
「高い入院費を払っているのだから、何でもすぐ対応できるはず」
と単純に考えると、病院経営の実態を見誤ってしまいます。
ただし、病院経営が大変だからといって、患者さんや家族が不安を我慢する必要はありません。
大切なのは、必要な医療やケアが行われているか。
その理由を、家族にわかる言葉で説明してくれるか。
困ったときに、相談できる窓口があるか。
病院経営の仕組みを知ることは、病院をかばうためではありません。
患者さんや家族が、医療をより正しく理解し、必要な質問をできるようになるためです。
病院は、利益だけで動いている場所ではありません。
しかし、利益がまったくなければ、医療を続けることもできません。
その両方を知っておくことが、医療と上手に向き合う第一歩です。
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